カサンドラ妻の生きる力は子どもたちのお陰!なぜ3人目を欲しいと思ったのか?
うちの末っ子は第三子、生まれたのは今から約2年前です。
つい最近と言えば最近のことですよね。
3人目を作りたいと思ったときに、夫のアスペルガーなどに気づいていたのか?
なぜこんなに苦しい思いを積み重ねてきたのに、3人目を欲しいと思ったのか?
昨日こんなことを考えていたら眠れなくなりました。
でも、3人の子どもたちのお陰で、私は生きる力が湧いてくるし、どんなに辛くても幸せを感じることができているんです。
- 3人目を欲しいと思ったとき夫のアスペルガーなどに気づいていたのか?
- アスペルガー夫といるよりも子どもたちといたい
- 陣痛で苦しむカサンドラ妻の傍でスマホを見て笑うアスペルガー夫
- カサンドラ妻はまるで4人の子を持つシングルマザー
- さいごに
3人目を欲しいと思ったとき夫のアスペルガーなどに気づいていたのか?
3人目を欲しいと思ったとき、夫がアスペルガーやADHDだとは気づいていませんでした。
当時、発達障害についての知識もまだありませんでした。
でも、正体不明の違和感はずっと感じていました。
中国という異国の地で2人の子どもに恵まれ、それなりに順調で幸せでした。
慣れない土地で外国語を使いながら、仕事で忙しい夫を支えつつ、育児家事を必死にこなしてきました。
だけど、私は夫にとってただの家政婦?便利屋?というような虚しさはずっと感じていました。
私は完全に女扱いされていなかったし、大事な人という感じもまったく受けていなかったから・・・
中国で生まれ育った上の子ども2人は、学校や幼稚園に入れば中国語優勢。
小さい頃から日本語を話せはしたけど、中国語の方がどんどん上達していって、それでも学校の宿題は私が見てあげないといけない。
言葉だって必死に勉強を続けていました。
私の中国語のレベルは通訳ができるぐらいの自信があります。
それでも、夫とのコミュニケーションはうまくいってなかった・・・と今振り返るとそう思います。
もちろん言いたいことは伝えられるし、相手の話も理解できます。
しかし、夫はスマホ依存症。
スマホ第一で人の話は上の空。
二人きりの時間があっても、スマホばかりに目が行って会話がない。
私は一生懸命でした。
何をどんなふうに話せば夫は私に興味を持って会話をしてくれるのか?
だから私も夫がやっていた中国語のSNSを楽しもうと努力していました。
同じ趣味や話題があれば会話ができると思ったからです。
SNSの話は確かにできました。
しかし、それ以上の深い話はあまりできなかったし、私が望んでいた普通の他愛のない会話、そんな簡単なことが成り立たなかったんですね。
その積み重ねで、私はなんだか孤独を感じるようになっていきました。
夫の性格自体は悪くない。
でもこの人と二人でいるのは苦痛を感じる・・・
子どもたちが大きくなって独立したとき、夫婦二人の生活ってどんなふうになるんだろ?
まったく未来が見えなかったんです。
今でさえ、会話のない夫婦。
それが老後どうなるのか?
そんなふうになんだかモヤモヤするものを抱えていたころ、夫が日本へ移住したいと言い出したんです。
アスペルガー夫といるよりも子どもたちといたい
子育ては本当に大変です。
でも子どもは本当にかわいい!
いくら正体不明のアスペルガー夫の血が流れているとしても、子どもはやっぱりかわいいんです。
私は結婚当初からずっと「子どもは3人欲しい」と思っていました。
しかし中国ではいろんな制限があったから、2人で精一杯。
でも日本へ移住するなら?
制度もなにも関係ない!
当時まだ30代だった私は、体力もまだいける!
夫が移住の話を持ち出したとき、私はすぐに「3人目がほしい!お願い!」と訴えたんです。
夫が変だから子どもをよりどころにしたい、というのは親としてちょっとおかしいとは思うんだけど、子どもたちと一緒に笑う時間が私にとって本当に癒しだったので、もう一人!どうしてももう一人育てたい!って心から思ったんです。
その時は何だかわからないんだけど、夫とは分かり合えないし、これからも大事にしてもらえそうにない、っていう変な確信はありましたね。
だから「無条件に私のことを好き!」って言ってくれる子どもたちと一緒に過ごす時間を、もっともっと増やしたいと思ったんです。
そして・・・心のどこかで
「もう一人子どもが生まれれば、夫も変わるかもしれない!日本へ移住して3人の子どもを養うってなったら、夫はきっと変わってくれるはず!」
という根拠のない期待があったんです。
夫は最初少し戸惑っていましたが、私の体力があればいいだろうっていう感じで、割とすんなり同意しました。
それから3人目の妊活スタート!
アスペルガー夫との夜の夫婦生活は最悪だったので、それまでもほとんどありませんでした。
しかし子どもを作るとなると、夫は医者として専門知識があるので、私の生理周期と排卵日を把握し、排卵日の前後3日間だけやって来ます。
もちろん自分本位で、ただ子どもを作るだけの目的で。
淡々とやることやって、終わったらサッと出て行ってスマホの続きです。
相変わらずすごい痛かったけど、本当に子どもが欲しかったので耐えました。
私は子どもを産むために体調管理にはめちゃくちゃ気を付けていたし、水泳や体操を続けて体力づくりもやっていました。
そのお陰もあったのか、2周期目で3人目ちゃんがやってきてくれたんです!
3人目を妊娠した時は、すっごく嬉しかったですね~♡
陣痛で苦しむカサンドラ妻の傍でスマホを見て笑うアスペルガー夫
夫は当時医者をしていたので、出産は夫の勤め先でさせてもらいました。
3人目のときは、夫も仕事を任せられる後輩がたくさんいたので休みがとりやすく、陣痛が始まった時から付き添ってくれました。
陣痛の間隔が狭くなってめちゃくちゃ痛くて苦しんでいるとき、夫は病室のソファーにふんぞり返ってスマホを見ていました。
そして苦しんでいる私に向かって「この動画ウケるー」とかヘラヘラしながら話しかけてきたな・・・
今思えば、蹴り飛ばしてやりたい!
ま、何も問題なく無事に生まれてきたから良かったですけどね。
カサンドラ妻はまるで4人の子を持つシングルマザー
3人目が生まれてから、私のワンオペ育児家事は激しさを増しました。
特に日本に来てからは、すごかったなぁ・・・
アスペルガー夫の特性が顕著に表れ始めて、正体不明の違和感はどんどん大きくなるばかり。
「夫も慣れない土地で慣れない生活、大変なこともたくさんあるから理解してあげなきゃ!」
と一生懸命自分に言い聞かせていました。
しかし、やっぱり何かがおかしい。
慣れない土地で慣れない生活が大変だから・・・
なんていう理由がとても当てはまるような感じではなかったんです。
子どもでもできるようになったことが、夫にはできない。
子どもでも理解できることが、夫にはできない。
私はまるで「4人の子ども育てるシングルマザー」、こんな言葉がぴったり!
3人目はしょっちゅう病気してたし、私も慣れない学校の役員や地域の活動など、本当に目が回るような忙しさでした。
よく倒れずにやってこれたな、って思います。
それはやっぱり子どもたちの笑顔のお陰です。
さいごに
末っ子はもうすぐ2歳になりますが、成長や発達に明らかに問題がありそうな感じです。
遺伝ですかね・・・
それについてどうこう言うつもりもありませんし、夫と結婚して3人の子どもに恵まれたことについては全く後悔はしていません。
保育園に迎えに行くと、私の顔を一目見ただけで顔をくしゃくしゃにして笑いながら走ってくるんです。
もう、それだけで一日の疲れが吹っ飛ぶぐらい。
保育園に行く直前に、ゴロゴロスマホ漬けの夫の姿を見ていたとしても、末っ子の笑顔で一時はそんなことも全部忘れられるぐらい。
本当にかわいいし、癒されるんです。
上2人も子どもたちも毎日「お母さん大好き♡」って言ってくれるし、その言葉や笑顔でどれだけ救われているか。
私はこの3人の子どもたちがいるから、どんなことにも負けません。
私はもともと精神的に非常に弱い人間です。
子どもたちがいなかったら、夫婦二人だけの生活だったとしたら・・・
とっくにカサンドラ症候群にやられまくっていたと思います。
私は3人の子どもたちに感謝しながら、前だけを見て生きていきます。